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★★2023年06月15日(木)タウシュベツ橋梁再び
★★2023年06月15日(木)タウシュベツ橋梁再び
16年前のことです。鉄路が通っていた山間の橋が、廃線で使われなくなり、
そのままの姿をさらしながら、ゆっくりと崩壊して行っている姿を見るツアーがあると。
場所が国立公園内で、許可された業者が普段閉鎖されている道を使い、
橋の傍まで案内し、解説まで付けてくれるというのです。飛び付いてしまいました。
また行きたいと思っていながら、なかなか行けないもので、年月が過ぎてしまいました。
あれから16年、どうなっているのでしょう。
本サイトには2007年6月7日付けで一枚の写真を入れただけで、解説も何も入れていません。
つまらなかったという訳では無く、崩壊していく橋が《あの》高度成長期の残滓のような気がして、もの悲しい気持ちが巻き起こってきたからでした。
まあ、感傷にしか過ぎないと思いますが。
折角ですので2007年に撮影したものを付け足しながら見てみましょう。
さて、覚えの有る道を通っているとシカ君達がこちらを見ています。激写。
これも見覚えのある鍵の掛かる関門を越え、駐車出来る場所に到着。
そこから数分で開けた場所に出ます。直前に注意とお願いの看板です。
さあ、いよいよです。
2023年
2007年
視界が開けると、右手奥方向のみに湖水が見えます。16年前と違う風景です。
何が違うかというと、この位置からだと、橋が目立たなくて、よく判りません。
目の前にあるのですが。
16年前は、この位置からでも「おおっ、橋だ」と直ぐ判りました。
線路として出来る限り、無駄な高低差を排除して作られていたのです。
その為、川底and湖底から、かなり高さのある橋梁であり、水位が上がっていても水没しないでいる高さを持っているのです。
橋として見えないのは、他の地面と似た色彩となっていて、忍者しているからです。
水が少なくて、橋の軸上にいると特に見えにくくなります。
しかし、ちょっと横に動けば、隠形の術は解けます。
もっと寄って下をみると、流れているはずの川も、歩いて渡れる程度の流れです。
この地の渇水期の特徴です。
少し、右に寄ってみると、やっと、これが橋か! と判ります。
更に右に行こうとすると、下り坂で返って橋梁が見えなくなります。
2023年
2007年
橋梁の入口に戻ってみました。16年前に比べて、欄干(?)の部分が10~20㎝位は下がり、鉄骨の露出が増えています。
小さいように見えますが、"あの"大きな機関車が、長尺巨木を乗せた貨車と客車を引っ張って、ここを爆走していたんです。
あっ、看板が無くなり、看板を付けていた侵入防止用の3本のポールが、2本になって残されています。ポールと台座の塗装がはげています。
そこで、今度は左側に寄って見ましょう。
あの時も立ち入り禁止となっていた橋そのものは、かなり崩壊が進み、
向かって右側の欄干(?)の部分が鉄骨だけになっているところがほとんどとなっています。
足元の感触を確認しながら、下りやすいところを選んで、斜面を慎重に下ります。
橋を見ながら下りると、瓦礫と一緒に落下する羽目になりそうです。要注意!
前回は渡れるような水量、水深では無かったのですが、今回は、センターの方で用意された長靴で、
細い浅い流れを越えることが出来ます。橋梁の下までは行けませんが、規制ロープの所までは近付けます。
崩落の一番進んでいる部分では側壁が落ちて、アーチ部分しか残っていません。
そこに残っている大小の石のほとんどは、少し叩けば落ちてくる状態に見えます。
多分、その辺に積み重なっている石が落ちてきたものだと。運の悪い方が侵入すると落ちてくる仕掛けです。
さて、楽しい一時も終わりの時刻が近づいています。集合場所へ戻りましょう。
帰りの寄り道
林道を抜けて、一般道に戻り、立ち寄ったのが旧日本国有鉄道士幌線幌加(ほろか)駅跡地です。ホームと線路が残されています。
ポイントはまだ動くという事で、参加者の1人が頑張って動かしました。渾身の力が必要だった様で、疲労の様子。
右手方向には糠平(ぬかびら)駅、左手方向は終着駅十勝三股(とかちみつまた)駅と言う表示は勿論最近のものだそうです。
木材の積み出しが主たる業務で、周辺の村落の人数を遙かに凌駕する何百人もの働き手が生活する栄えた場所で必要物資も多く、駅の傍には駅長公宅や林業会社の幹部宅、少し離れて娼館まで有ったそうです。皆さん、稼ぎに稼いで帰る方や、色々と支出して帰れない方も相当にいたとか。
高度成長期の走りがここにあったのですね。
全て空き地・・・ではなく、空きとなってから生えてきた樹が、立派な大木になっています。
夢の跡地か。