E4 望遠鏡の光学の基礎 性能

(1) 倍率

 望遠鏡の倍率は、望遠鏡の性能ではありません。対象をどれだけ大きく見せることができるかという数字であって、大きくすると細かいものまで見えてくるかというとそうはいきません。大きくしても、使える光の量は対物鏡に入ってくる量だけですから、暗く薄くなることになります。適切な倍率が、口径によって決まってきます。細かさを示す性能の数値は次の項目の分解能です。
 望遠鏡では主鏡の主焦点距離を接眼鏡の焦点距離で割ったものを倍率としています。カタログには付属させた接眼鏡との組み合わせで、この方法で計算された数値が載っていますが、実際には見る人の目との合成光学系として考える必要がありますし、近距離の場合は主焦点距離が伸びるので、倍率の数値は変わってきます。
 目のピント位置は固定ではなく、正常視力であれば無限遠から10cm程度まで変えることが出来ます。一般に明視距離と呼ばれる25cmを基準として固定した場合、凹レンズを組み合わせて無限遠に焦点を合わせた遠視状態から、凸レンズを組み合わせて近場に焦点を合わせた近視状態まで変化できるということになります。更に、近視の人は凸レンズの度数が大きくななるのと同じで、ピントの合う距離が近づきます。遠視の場合も凹レンズとしての度数がより大きくなり、焦点距離としてはマイナスの数値になります。
 このように場合に、どこに目のピントがあるかによって、接眼鏡との合成焦点距離が変わり、望遠鏡の倍率が変わってきます。正常視力でもピント位置を寄せると倍率が上がるのです。この他に、接眼鏡と目の距離も合成光学系としては影響する数値です。
 また、目のピントは可変であるのですが、見やすい距離というのもあります。明視距離がそれに当たりますが、主焦点の像をこの距離から見ると接眼鏡無しでも望遠鏡の像を見ることができます。この場合の倍率は接眼鏡(つまり眼)の焦点距離が250mm程度ですから、倍率は主焦点距離を250mmで割ってやればよいことになります。また、目のピントの合っている距離を変えると、倍率も変えることができます。
 次に無限遠からの平行光線は焦点に集まりますが、それより近いところからの光は、焦点よりも後に結像します。カメラレンズで一般的なものは近くにピントを合わせるために繰り出すようになっています。特にマクロレンズでは繰り出す量が大きくなります。これは近くを撮るために撮影焦点距離が伸びているのです。近いところからの場合、主焦点が伸びているのと同じになりますので、倍率は大きくなります。

 製作上の問題で焦点距離が公称値ではない場合があります。特に単焦点の接眼鏡の場合は、誤差の大きいものが含まれていて、倍率の値が予期したものでない事がありがちです。これらを確認するには、本来は専用の瞳径測定装置を使うのですが、望遠鏡を明るいところに出し、接眼鏡を付けてやや離れたところから、接眼鏡の眼レンズを見ます。すると対物レンズから入った光が丸く見えます。これを射出瞳と呼びます。この光は高倍率になるほど小さく見えます。この直径をマイクロメーターやノギスなどでなるべく正確に測ります。百分の一ミリ程度の精度が本当は必要です。次に対物鏡の有効口径も確認します。有効口径を接眼側の光の大きさで割った数値が、望遠鏡の倍率です。主焦点距離はカタログ値よりそれ程違っていないはずですから、主焦点距離を倍率で割った値が接眼鏡の焦点距離になります。
 この射出瞳、及びその直径(通称瞳径)は大きな意味を持ちます。
 射出瞳をよく観察します。ルーペを使ってみることも出来ます。反射式では副鏡やその支持金具によるケラレが一目瞭然です。正立系を持つ光学系、特にプリズムを使うものでは、周囲が四角くケラレたり、弓形の光条が射出瞳外に出ますので、不具合がすぐ判ります。
 この瞳径が眼の瞳の大きさを超えて大きい場合は、主鏡の光を目に全て入れることが出来ない状態です。口径を無駄にしているわけです。しかし、眼の瞳の大きさは周囲の明るさによって変わりますので、望遠鏡をどの状態で使うかということから設計する必要があります。一般に明るいところでは2mm、夕方や朝方の暗さでは5mm、月のない暗夜では7mmと言われています。天体望遠鏡ではこの7mmを使って、瞳径が7mmになる倍率を最低倍率としています。口径をmmで表して7で割った値ですが、簡単に概算するには口径をcmで表し、1.5倍(本当は1.4倍)することで最低倍率を求めることが出来ます。
 瞳径が1mmよりも小さくなってくると、だんだんと眼球内のガラス体の歪みや浮遊物が目立つようになってきます。そこで瞳径が1mmになる倍率をその望遠鏡の実用最高倍率とします。口径をmmで表した数値の倍率になります。この倍率は、奇しくも分解能による最高倍率と一致する倍率が上限倍率となります。
 これ以上の倍率を過剰倍率とします。瞳径が0.5mmよりも小さくなると飛蚊症のような状態になる人もいます。高倍率をかけすぎると返って見えにくくなるということです。ただし、過剰倍率は禁止ということではなく、分解能のところで説明するように対象と条件によっては、その方が見やすいために使うものです。

(2)分解能

 光の回折現象に原因した望遠鏡の細かいところを見る能力の限界を分解能と呼びます。これは口径に逆比例する数値となります。最も使われているのはドーズによる実験式で115.8を口径ミリ数で割った値が使われ、角度の秒で表されます。口径100mmの望遠鏡の分解能は角度で1.158秒となります。現実には、設計上の収差や製作上の不良、使用上の不備、気象条件、体調等によって悪くなるものですから、上限の値なのですが、カタログ等には口径からの計算値が書かれています。
 眼の分解能は、正常眼で視力1.2の人が角度で50秒といわれています。視力が1.0の人は60秒、視力2.0の人は30秒ということになります。しかし、眼自体が持つ能力としての分解能は網膜の細かさとそれを判断する脳細胞の経験値であって、視力が低い場合でも、多くの人は眼鏡で矯正することができます。矯正された視力が元になるので、近視や遠視、乱視は分解能には関係がありません。
 望遠鏡の分解能を発揮させるには、この眼の分解能と望遠鏡の分解能を一致させる倍率が必要となります。正常眼の分解能である角度で50秒に対して、ドーズによる実験式を割り算すれば、その倍率が算出できます。概略で口径のミリ数の半分くらいになります。しかし、健康状態や眼の使用状況では視力が格段に落ちていることもありますから、視力としての分解能を落とし余裕を見て角度の120秒として考えると、概算では口径mm程度の倍率が必要となります。これが有効最大倍率となります。これ以上、倍率をかけると像が薄く、ぼやけてくるだけです。しかし、これは理論値ですから、重星のような限界近くを試すような場合は、見やすくするために、更に倍率をかける場合もあります。目の解像度と望遠鏡の解像度を同じにすると設計上の能力を出すことが期待できますが、見やすさという点では、常用するものでは無いとはいえ、過剰倍率がしてはいけないことなのではありません。試して見ても良いことです。
 目で見る場合の分解能は倍率と関わりましたが、写真撮影を考えると、主焦点の像がどれだけ小さなものを区別できるか、どこまで分解するかを示すという方法もあります。この場合、像の位置での必要最小解像度が問題になります。この場合はカメラのレンズのようにフィルムやCCD等の最小単位の大きさから、どれだけの性能がレンズにあればよいかを逆算することができます。フィルムは30μmが一般的な粒子径であり、デジカメでは2μmというレベルのものから10μm位まであります。フィルムに合わせて設計されたレンズをデジタルに使うと、思うような性能が出ないことが多々ありますが、その原因はここにあります。レンズの設計上、そこまでの収差補正をしていないのです。また、カメラ用の望遠レンズを眼視用に転用してもあまり良い性能を出さない理由もここにあります。
 一般に光学的能力で眼視に耐えるものであるならば、直焦点撮影には充分使えます。更に拡大して使えるのは間違いありません。逆に言えば、かなり見目が悪くても撮影には使えることがほとんどだということになります。

(3)集光力

 望遠鏡の能力として、どれだけ光を集めることができるかという数値を表示する場合があります。倍率で説明したように眼を口径7mmの望遠鏡とした場合に、その何倍の光を集めるかという数値です。しかし、カタログに載っているのは、計算上の口径の面積比です。本来は光学系の反射や吸収、蹴られによって計算値から落ちますから、それを表示する為のものです。また、倍率と混同して表示する場合も未だに見かけます。

(4)極限等級

 天体望遠鏡の場合、どれだけ暗い星が見えるかを表すためにこの数値を示す場合があります。しかし、これも口径から計算された数値です。星の明るさは、等級で表します。特に明るい星を1等星、見えるギリギリの暗い星を6等星として始まりましたが、1等星と6等星が100倍の明るさが違うという等比級数的関係が見いだされて、明るい方へも暗い方へも拡張されました。現在は肉眼用だけでなく写真や光電管などのための等級も用意されています。肉眼の等級は実視等級と呼びます。
 以下の表は、瞳径7mmのヒトが6.0等級の星を見ることができるとした場合に、式 m=5log(口径/7)+1.774 で計算したものです。これは、口径7mm、焦点距離18mmの望遠鏡で見ることのできる星の等級という計算になります。実際には瞳径7mmのヒトが見ることのできる限界の等級は、空の状態や、体調や能力により変わってきます。多くのヒトが理想的や暗夜で充分に目を慣らすと6.5等級を見ることができるようです。
 また、機材の光学的性能により星像が乱れている場合も、限界等級は容易に明るくなってしまいます。

口径

眼視
最低
倍率 
眼視
最高
倍率 
集光力
眼視
限界
等級
分解能
cm     秒角 
0.5  0.8 5 0.51 5.3 23.2
0.7 1 7 1 6.0 16.5
1.5  2.3 15 5 7.7 7.7
2  3  20 8 8.3 5.8
2.5  3.8 25  13 8.8 4.6
3  4.5 30  18 9.2 3.9
4  6 40  33 9.8 2.9
5  7.5 50  51 10.3 2.3
6  8 60  73 10.7 1.9
7  11 70  100 11.0 1.7
8  12 80  131 11.3 1.4
9  13.5 90  165 11.5 1.3
10  15 100  204 11.8 1.2
11  17 110  247 12.0 1.1
12  18 120  294 12.2 1.0
13  20 130  345 12.3 0.9
15  23 150  459 12.7 0.8
18  27 180  661 13.1 0.6
20  30 200  816 13.3 0.6
25  38 250  1276 13.8 0.5
30  45 300  1837 14.2 0.4
35  53 350  2500 14.5 0.3
40  60 400  3265 14.8 0.3
45  68 450  4133 15.0 0.3
50  75 500  5102 15.3 0.2
60  90 600  7347 15.7 0.2
80  120 800  13061 16.3 0.1
100  150 1000  20408 16.8 0.1


(5)撮影限界等級

 肉眼に対してカメラは、光を貯めることができるので、上記の眼視限界等級よりも暗い星を写すことができます。しかし、夜空には夜光や黄道光、そして地上の照明によって、ある程度の明るさがあり、ある等級以上はカブリが生じて写せない限界があります。これは、撮影用の光学系によって星の像が何処まで収れんするのか、光学系の焦点距離、光の波長、背景の夜空の明るさなどが関係しています。実験式として 撮影限界等級=22+log(焦点距離)-2.5log(2.44*光の波長*口径比)-23.1 というものがあります。(2.44*光の波長*口径比)というのは、理想的な光学系で星像が収れんする大きさ、エアリーディスクの直径です。ただし、0.005mm以下の場合は0.005mmとして計算しています。2013年での高画素デジタル一眼の画素に合わせています。この式の計算結果は、前出の実視限界等級の28倍程度の能力になっています。
 眼視限界等級と同じように、夜空の明るさや機材の状況によって限界等級は容易に下がってきます。

焦点距離f.l.と口径比Fによる撮影限界等級
fl mm\F 1.4 2.0 2.8 4.0 5.6 8.0 11 16 22 32
18 11.1 11.1 11.1 10.9 10.5 10.2 9.8 9.4 9.1 8.6
20 11.3 11.3 11.3 11.1 10.8 10.4 10.0 9.6 9.3 8.9
24 11.7 11.7 11.7 11.5 11.2 10.8 10.4 10.0 9.7 9.3
28 12.0 12.0 12.0 11.9 11.5 11.1 10.8 10.4 10.0 9.6
35 12.5 12.5 12.5 12.4 12.0 11.6 11.3 10.9 10.5 10.1
50 13.3 13.3 13.3 13.2 12.8 12.4 12.1 11.7 11.3 10.9
60 13.7 13.7 13.7 13.6 13.2 12.8 12.5 12.1 11.7 11.3
70 14.1 14.1 14.1 13.9 13.5 13.2 12.8 12.4 12.1 11.7
85 14.5 14.5 14.5 14.3 14.0 13.6 13.2 12.8 12.5 12.1
105 15.0 15.0 15.0 14.8 14.4 14.1 13.7 13.3 13.0 12.6
135 15.5 15.5 15.5 15.4 15.0 14.6 14.3 13.9 13.5 13.1
150 15.8 15.8 15.8 15.6 15.2 14.8 14.5 14.1 13.8 13.3
200 16.4 16.4 16.4 16.2 15.9 15.5 15.1 14.7 14.4 14.0
300 17.3 17.3 17.3 17.1 16.8 16.4 16.0 15.6 15.3 14.9
400 17.9 17.9 17.9 17.8 17.4 17.0 16.7 16.3 15.9 15.5
500 18.4 18.4 18.4 18.3 17.9 17.5 17.2 16.8 16.4 16.0
600 18.8 18.8 18.8 18.7 18.3 17.9 17.6 17.2 16.8 16.4
800 19.5 19.5 19.5 19.3 18.9 18.6 18.2 17.8 17.5 17.1
900 19.7 19.7 19.7 19.6 19.2 18.8 18.5 18.1 17.7 17.3
1000 20.0 20.0 20.0 19.8 19.4 19.1 18.7 18.3 18.0 17.5
1200 20.4 20.4 20.4 20.2 19.8 19.5 19.1 18.7 18.4 17.9
1800 21.3 21.3 21.3 21.1 20.7 20.4 20.0 19.6 19.3 18.8
2000 21.5 21.5 21.5 21.3 21.0 20.6 20.2 19.8 19.5 19.1


限界露出時間(追尾撮影(ガイド撮影))
ISO50 ISO100  ISO200 ISO400  ISO800 ISO1600   ISO3200  ISO6400
 1.4 32分  16分 8分  4分 2分 1分  30秒  15秒
 2 1時間4分 32分 16分 8分 4分  2分  1分 30秒
 2.8 2時間8分 1時間4分 32分 16分 8分 4分  2分  1分 
 4 4時間16分 2時間8分 1時間4分 32分 16分 8分 4分  2分
 5.6 8時間32分 4時間16分 2時間8分 1時間4分 32分 16分 8分 4分
 8 17時間4分 8時間32分 4時間16分 2時間8分 1時間4分 32分 16分 8分
 11 34時間8分 17時間4分 8時間32分 4時間16分 2時間8分 1時間4分 32分 16分
 16 34時間8分 17時間4分 8時間32分 4時間16分 2時間8分 1時間4分 32分
 32 34時間8分 17時間4分 8時間32分 4時間16分 2時間8分 1時間4分

 補足

 赤道儀に載せたカメラによる追尾撮影では無く、三脚に載せただけのカメラによる星空の撮影を固定撮影と呼びます。この場合、星は日周運動により刻々動いていきますので、星を点像にしたい場合は、露出時間に制限が出てきます。高画素のデジタルカメラと標準レンズの組み合わせで、もっとも動きの速い天の赤道付近では、5秒程度の露出が限界となります。適切な露出時間と感度、絞りを試してから本撮影に入るのが賢い方法です。一般的な感度とやや開け気味の絞りで、肉眼で見える星は、間違いなくちゃんと写ります。レンズの性能が良くて、星が点像に近くなっている場合は見栄えがあまり良くありませんので、ソフトフィルターをかけて星像をぼかし、大きくすると見映えが出るようになります。日周運動に沿って長く伸びた姿を写す場合は、日周運動が1時間で15度である事から、こちらも適切な露出時間と感度、絞りを選択することになります。