へーラクレース
生い立ち
ペルセウスの息子アルカイオス、その息子のアンピトリュオーンはエーレクトリュオーンの娘アルクメーネーとの結婚の予定になっていました。エーレクトリュオーンは、ベルセウスの後を継いで、ミュケーナイを治めていたのですが、タポス島の外戚に当たる人々と支配権の争いが起こり、運悪くアンピトリュオーンの投げた棒に当たって死んでしまいます。そして、タポス島の外戚に統治権を奪われてしまい、アンピトリュオーンやアルクメーネーは、やむなくテーバイへ亡命する羽目になりました。
テーバイに逃れたアルクメーネーは、アンピトリュオーンとの結婚の前に父や兄弟の仇を討つことを求めました。そこで、アンピトリュオーンはテーバイ王クレオーンに助けを求めました。クレオーンは、当時恐ろしい狐が出て国を荒していたので、狐退治を交換条件としました。その狐は、追いかけられてもけっして捉まらないどいう化け狐でした。
アンピトリュオーンが諸国から義勇軍を募った中に、アテーナイ人ケパロスがいました。かれは妻プロクリスを伴い、彼女がクレーテー王ミーノースから貰った犬をつれて来ました。この犬は、何でも追いかけたものを必ず捉えるという力を授けられた犬でした。
狩りが始まると、どうしても捉まらない狐を、必ず捉まえる犬が追いかけました。ゼウスは両方とも石にしてこの命題の矛盾を解決しました。化け狐は退治されて、クレオーンの条件が満たされて、タボス島を攻略し凱旋の運びとなりました。
アンピトリュオーンがテーパイへ凱旋してくる前夜に、前々からアルクメーネ一に思いをかけていたゼウスは、アンピトリュオーンの姿を借り、お伴のヘルメースを従卒に化けさせて、アルクメーネーを訪れたのです。その戦の手柄話の本当らしさに、彼女はすっかり夫だと思い込んでしまい、ゼウスは思いを遂げました。次の日、本当の夫が帰って来たので、アルクメーネーはすっかり仰天してしまいました。その後アルクメーネーは双子をうみます。すなわちゼウスの血を引くヘーラクレースと、人間の血を引くイーピクレースです。
ゼウスの妃ヘーラーは、つねづね夫の素行に警戒の眼を光らしていたのですが、今回のアルクメーネーの双子に、深い疑いを持ちました。それでその出生の前に、今度生れるペルセウスの血統の者こそ、全ミュケーナイの王になるであろう、とゼウスが語るのを聞いて、安産の女神エイレイテエイアにせがんでアルクメーネーのお産を遅らせ、その叔父に当るステネロスの子エウリュステウスを、先に生れさせました。これが後に、ヘーラクレースがエウリュステウスの元で使われ、多くの難業を果さねはならなくなった原因だといわれています。
ヘーラーは、ヘーラクレースが嬰児の時に、その揺りかごに二匹の毒蛇を入れて殺そうとしました。ところがヘーラクレースは、両手でもって蛇の首すじを捉まえてひねり殺してしまいました。
その後、成長してヘーラクレースは父のアンピトリュオーンから戦車を駆る術を、アウトリュコスからは相撲を、エウリュトスからは弓術を、カストールからは武器を操る術を、リノスからは琴を学びました。リノスは有名な楽人オルペウスの兄弟といわれ、テーバイへ来ていたのです。そこで乞われてヘーラクレースを教えた時に、彼のあまりの不器用さに立腹して蹴ったところ、逆に琴で殴られて死んでしまいました。アンピトリュオーンはこれは不味いと思ったのか、この事件後、ヘーラクレースを牧場に送り込んで、牛の世話をさせることにしました。
ヘーラクレースは牧場で身長、体力共に常ならぬ成長を遂げ、眼光鋭く、槍でも矢でも百発百中の腕を身につけました。そして、19歳の頃にキタイローンの山中に生息して、牛を食べに人里に降りて来るという獅子を退治しました。彼はその皮を剥いで衣とし、口の開いた頭を被っていたので、観る人はみな恐れをなし逃げたそうです。
その獅子退治の帰り道にオルコメノス王エルギーノスの使者と出会いました。この使者はテーパイからの貢ぎ物を持ち帰る役目を持っていました。エルギーノスの父、前オルコメノス王クリュメノスを、クレオーンの父メノイケウスの従者が傷つけてしまい、それが元で死んでしまったのですが、死にかけた時に息子に仇討ちを命じた為で、オルコメノスはテーパイに攻め寄せて二十年間毎年百頭の牛を貢納することになってしまっていたのです。
それを知ったヘーラクレースは、使者たちの耳と鼻とを削いで首にかけさせ、これを貢物に持ち帰らせたのです。エルギーノスは激怒し、テーバイへまた攻め寄せてきたのですが、アテーナー女神から武器を貰いテーパイ人を励まして戦闘を有利に進め、ついにエルギーノスを倒して、オルコメノスから逆に二倍の貢ぎ物を納めさせることで講和しました。クレオーンはその功績に対してヘーラクレースに長女メガラーを嫁がせました。
12の課業
ヘーラクレースには平和な生活が訪れて3人の子供が生まれました。しかし、ヘーラクレースに対して敵意を抱いているヘーラーは、彼が幸福に暮しているのを嫉んで「狂気」の女神をつかわしたのです。そして、狂気に囚われたヘーラクレースは妻子を殺害してしまったのです。一説に寄ればメガラーはこの時逃げ延びたのですが、子供3人を殺害してしまったことに変わりはありません。
正気に戻ったヘーラクレースは自らの業を知り、テーバイを去り、贖罪の旅に出かけました。旅先のテスピアイ王テスピオスによって罪祓いの儀式を受けてから、デルポイに赴いて自らの罪について神託を求めました。父の郷里であるティーリュンスに帰り、その領主エウリュステウスに十二年間仕えて、彼の命ずる十の難業をなし遂げれば、彼は許されて天上の神々の間に列し、不死を得るであろう、との答えを得ました。
神託によりティーリュンスに赴いたヘーラクレースは、エウリュステウスの命ずるままに、さまざまな難業の完遂にとりかかりました。しかし、エウリュステウスはへーラーが画策したように、父親から倣岸で意地悪で、そのくせ臆病きわまる性格を引き継いでいました。その為、強くて正直なヘーラクレースがねたましく、また、けむたくてたまらず、彼を亡き者にしようといろいろ企みをこらしました。更に自分の卑劣さ、弱さを自覚しているので、ヘーラクレースの怒りと復讐をひたすら恐れていて、直接会うのをはばかり、いつも腹心の部下をやって命令を出したといわれています。
最初の仕事はネメアの森に棲む獅子退治です。ヘーラクレースにとって獅子退治はお手の物ですが、この獅子はふつうの獅子ではなく、不死身だったのです。その素性はテューポーンとエキドナの子で、魔性の猛獣なのです。そしてこの怪物の出現は、ヘーラーの嫉妬から出た差金だったともいわれています。
ヘーラクレースはまず化け獅子を弓で射たのですが全く効果がありませんでした。そこで今度は棍棒で向ってゆき、散々に叩きのめしました。化け獅子はたまらず逃げ出して、前後に口のある洞穴に飛び込みました。ヘーラクレースは洞窟の一方の出口を塞いでから入り、獅子の首を腕で締めあげて気絶させ、皮を剥いでしまいました。この化け獅子は、のちに天に昇って、獅子座という星座にされました。また、ヘーラクレースが平生肩にかけ、頭に被っていたのは、19歳の折のキタイローンの獅子ではなく、このネメアの獅子の皮だともいいます。
エウリュステウスが本気で彼を懼れるようになったのは、この獅子の皮を見てからだといいます。王は以降、ヘーラクレースを市の門から内に入れることを許さず、彼が戻ってくる、という噂を聞くと、地の中へ埋めさせた大きな青銅のかめの中へ隠れ込むのが、つねであった。そして彼と王との連絡を腹心の部下にに任せました。
第二の仕事はレルネーの水蛇退治です。化け獅子と同様、エキドナとテューポーンの子で、アルゴスの沼沢地レルネーに棲み、付近を荒し人畜を食い殺していました。水蛇なのですがそこは怪物です。頭が沢山あり、それを切ってもすぐ生えてくる上に、首の一つが不死で殺すことが出来ないという化け物蛇なのです。化け獅子にもまして化け物なので、ヘーラクレースは、甥のイオラーオスを助太刀として連れていきました。何かと伴の者が居ると便利なものですが、ヘーラクレースの従者を務めるのは普通の人ではやはり駄目ですから、ヘーラクレースほどではないにしろ体力に肝もある甥が選ばれたのです。
ヘーラクレースはアミューモーネーの泉のわきに水蛇の棲処をみつけ、まず火矢で住処から追い出し、出て来たところを抑えつけました。蛇は尾で彼にまといつき、おまけにヘーラーの遣わした大蟹が彼の足をはさみこみました。彼はあっさり蟹をふみ潰し、水蛇の首を切ったのですが、水蛇には何の効果もなく新しい首がたちまち生えてきます。そこでイオラーオスが火をつけた薪をもって来て、首の切ったらすぐに焼き、新しい首の生えるのを防ぎました。また不死の頭は、大きな石の下へ挟み込んで動けないようにしました。こうしてとうとう水蛇を退治したのです。ヘーラクレースは水蛇の体を裂き、その胆の血に自分の矢を浸けました。この血には触れただけで生き物を殺してしまう恐ろしい毒が含まれているのです。矢を放てば百発百中のヘーラクレースですが、矢が刺さっただけで死なない敵も多く、即効性の毒は非常に効果的なのです。ただし、結果的にはヘラクレスの命を奪うことに繋がっています。この水蛇も、のちに天に上げられて星座となりました。
第三の仕事はケリュネイアの鹿を捕らえてくることです。この鹿は、金色の角をもち、月の女神アルテミスの脊属として尊いものなのでした。そこでヘーラクレースはこれを殺すことはさし控えて、生捕りにしようとしました。そのため鹿の跡を追ってまる一年を過しました。とうとう鹿のほうでも根負けがして、アルカディアのアルテミシオンという山から、ラドーン川に入って渡ろうとするところを、ついにヘーラクレースに掴まってしまいました。生け捕りにした鹿をつれてアルゴスへ戻ろうとしたヘーラクレースの前に、アルテミスが太陽神アポローンとつれ立って現われ、彼のおこないを責めたのです。ヘーラクレースは、この仕事がエウリュステウスの命令であり、やむをえないことであって、殺すことを避けて全力を尽くしていることを説明して女神の許し得ました。鹿は約束通りミュケーナイへ連れて来て、エウリュステウスに見せてから放されました。この鹿はもとアルテミスが車を引かせた、四匹のうちの一匹だったともいわれています。
四番目はアルカディアの、エリュマントス山に棲む野猪です。これは山から出て来て、プソーピスの町を荒らし回っていました。その生捕りを命ぜられたヘーラクレースは、その棲処へいって大声で叫んで猪を追い出し、深い雪の中へ逃げ込ませて動けなくなったところを網にかけてつかまえました。ヘーラクレースはこの大きな猪を肩に担いで戻ったのです。
この仕事に向かう途中で、彼はアルカディアの西にあるポロエーの山を通り、そこで半人半馬のポロスの客となりました。この辺一帯の山地には、半人半馬の一族が棲んでいたのです。これは賢人としてアキレウスらを育てたことが有名な馬人、ケンタウロス・ケイローンが、ラピタイとの争いの後で、ペーリオンの山から出て、ポロエー山中に住み始めたことから、多くのケンタウロイたちは彼の庇護を求めて集まっていたのです。
ポロスは自分は生肉を食べ、客には焼いた肉を出しました。ヘーラクレースは更に酒を欲しがったのですが、ポロスはまわりに棲む仲間が香りを嗅ぎつけ、押しかけることを心配して酒の入った大がめを開けるのを渋りました。しかし、ヘーラクレースは酒が飲みたかったので強引に酒を出させると、ポロスの予想通り大勢のケンタウロイが集まってきてしまいました。ヘーラクレースは彼らをマレアーの崎まで追いかけ、矢で射ると、その矢が不幸なことにケイローンの膝にささってしまったのです。ケイローンは不死身だったので、この猛毒の非常な苦しみがずっと続くのです。医療の術に長じたケイローンの秘蔵の薬も、効目が全くなく、ケイローンは自分の洞穴にこもって死のうと思い、不死をプロメーテウスに譲って、とうとう死ぬことになりました。ポロスも跡を追ってやって来たのですが、毒矢を取り上げ、小さな鏃に付いた毒がそんなにも激しく、大きな馬人を殺したのを不思議に思い、しきりに眺めていました。すると、ついはずみに矢を取り落し、鏃が足にさわったので毒が体に入り、命を落してしまいました。それを見た他のケンタウロイたちは、てんでんばらばらに逃げてしまいました。逃げ出した中にケンタウロスのネッソスも居て、エウエーノス河畔に移り棲み、ヘーラクレースに憎しみを持ちつづけて復讐を遂げることになります。
五番目の仕事はエーリスの王アサゲイアースの厩を一日に一人で掃除することでした。アサゲイアースは太陽神ヘーリオスの息子となっていますが、ポセイドーンやポルバースの子ともいわれています。ともかく彼もそれらの神と同じく多数の家畜をもっていました。しかし、まだ一回もその広大な厩を掃除したことがないというので、肥えが厚く溜まって、手の付けようもない状態だったのです。
ヘーラクレースはアサゲイアース王に謁見し、エウリュステウスの命令は隠して、もし牛の一割をくれるならば、掃除してやろうといいました。王は可能と思わなかったので、いい加減に承知をしました。しかしヘーラクレースは、頭を絞って王の息子のピューレウスを証人に立てました。それから厩の近くを流れているアルペイオス川の水を引いて来て、厩の一方から他方へ、穴を開けて流し込み、流れの勢いできれいに掃除をしてしまいました。
アウダイアースはうまく行くとは思っていなかったので牛が惜しくなり、その上彼がエウリュステウスの言いつけで来たのを知って、ヘーラクレースに難癖を付け、前の約束までも反故にして裁判にかけました。ところが息子のピューレウスは信義を重んじ、誓約の事実を認めたもので、父王は怒ってピューレウスとヘーラクレースに、エーリスから退去を命じました。ピューレウスは、ドゥーリキオンの島へいって、そこを治めました。ヘーラクレースは、仕方ないのでオーレノスにあるデクサメノスの館に行きました。そこではちょうど王女のムネーシマケーを、ケンタウロスのエウリュティオーンがどうしても欲しい言ってきかないので、止むを得ず嫁にやろうという状況でした。もとより義に勇むヘーラクレースですから、さっそくそこに待ち伏せ、ケンタウロスが人身御供同然の花嫁を受取りに来たところを、殺してしまいました。
ヘーラクレースが国へ戻るとエウリュステウスは、この仕事も自分の意志どおりにやらなかった、というので、十の課業には数えないこととしました。
六番目の仕事は、ステュンパーロスの森の鳥退治です。これはアルカディアのステュンパーロス市の傍に湖があり、付近一帯は鬱蒼たる森に蔽われ、その森に近くから集まって来た鳥が巣をつくっていました。それが非常な騒がしさで、人を襲うようにもなり生活を脅かしていたので、その掃蕩を命ぜられたのです。ヘーラクレースはいろいろと考えたのですが、ここはアテーナー女神が助けを出しました。アテーナーは鍛冶の神ヘーバイストスに青鋼の大きな銅鑼をつくらせてヘーラクレースに渡したのです。ヘーラクレースは、これを森で打ち鳴らしたてました。その物凄いひびきに鳥どもは飛び立って、一斉に天をも暗くするほどになりましたが。ヘーラクレースは音で脅かすと共に矢で射落して、鳥を追い払いました。
七番目の仕事以降はペロポンネーソス半島の外に場所が移ります。7番目はクレーテー島のミーノース王から牡牛を連れてくることです。この牡牛はミーノース王の不敬を憤って、ポセイドーンが海中から送り出したものとか、エウローペーを乗せて海を渡った牡牛、王妃パーシパエーが恋した牡牛など諸説があります。
ヘーラクレースはクレーテ一に渡ってミーノース王に直談判し、王の冷淡なのを知ると独力で牛を捕え、エウリュステウスに持ち帰りました。のちに、この牡牛は放たれてペロポンネーソスを横切り、ついにアッティケーのマラトーンの野に棲みついて、住民を悩ましました。ギリシャ神話の英雄の1人テーセウスに退治されることになります。
八番目はトラーキア王ディオメーデースの馬を連れて来る仕事でした。この王はもともと戦の神アレースとニンフ・キュレーネーの子ともいわれていて、戦好きなビストネス族の酋長として兇悪な馬を持ち、人間の肉で養われていたといいます。
ヘーラクレースはトラーキアに渡る船と同志を募り渡航しました。結局、彼は王と戦い、牝馬の奪取に成功した。そのうちビストネス族が追々と変を聞いて集まって来たので、彼は同行の少年アブデーロスに馬の番をさせ、敵と渡り合いました。そして彼らを追い散らして潰走させ、戻って見ると、少年は馬に食われてしまっていました。そこで彼は少年を記念して墓を築き、その傍に市を建設しました。これが彼の名を負うアブデーラ市の始まりです。馬はアルゴスに連れて来られ、のち放たれたのですがオリュンポス山へいって野獣のため喰い殺されたといいます。
九番目の難業は、アマゾーンの女王ヒッポリュテーの帯を持ち帰ることです。この帯はエウリュステウスの娘アドメーテーが望んだものですが、身につけるとどの様な効果があるかは判っていませんが、何らかの優れた力があると信じられていました。アマゾーンとはテルモードーン河の流域に居住する民族で、武神アレースの末裔といわれ、女ばかりから成っていました。そして戦争と狩猟を日常の仕事とし、そのため武器の使用に邪魔をせぬよう、右の乳房を取り除いたり、また種族保持のためには、一年に時を定めて近隣の種族の男と交わり、生れた子は女児はかりを育て、男児は殺すか、能力をなくすといわれました。
ヘーラクレースは、船に乗って東に向かい。途中パロス島でクレーテーのミーノース王の息子と諍いを起し、仲間の二人を殺されてしまいました。そこで和解の条件として、ミーノースの孫二人を人質に受取り、ミューシアに着き、その王リュコスの客となりました。それからリュコスを助けて、交戦中だったベブリュケス族と戦いその領土を割譲させ、これをヘーラクレイアと呼ぶことにしたのです。
それからテミスキューラに入港すると、アマゾーンの女王が親しく訪ねて来て、彼の用向を訊ね、女王の帯を与えることを承諾しました。ところが、このようにすらすらと事の運ぶのを妬んだ女神へーラーはアマゾーンに姿を変え、ヘーラクレース達が女王を攫っていこうとしている、と言い触らしました。それでアマゾーンたちはみな武装をし、馬に乗って港へ押し寄せました。これを見て性急なヘーラクレースは、彼らの詐謀にかかったと早合点して、帯を奪い、船に乗って仲間と共に港から逃げ出しました。
それからヘーラクレースは黒海を航行してヘレースポントスを通過し、トロイアに立寄りました。当時トロイアでは、ポセイドーンとアポローンとの両神の崇りに悩んでいました。というのは、トロイアの城壁を築こうとする時、この両神が来て、その手伝いをしてくれたのですが、当時の王ラーオメドーン、現王プリアモスの父は、仕事が完成してもその報酬を払おうとしなかったので、両神は大いに怒りを発し、アポローンは疫病を、ポセイドーンは海から怪物を送って、住民を苦しめたのです。
そこで神託を伺うと、もし王女ヘーシオネーを怪物に生蟄として与えれは、その災いを免れえようと出てきたので、その通りにしたのです。ヘーラクレースが上陸したのは、ちょうどこの際であった。例のペルセウスの話と似ているのですが、ヘーラクレースは義供心を出し、馬を褒美とすることで怪物を殺し、海岸の厳にくくりつけられている王女を救い出しました。しかし父王と同じく吝嗇な王は、約束しておいた馬を拒んだので、ヘーラクレースは復讐を宣言したまま、先を急ぐので出航しました。この馬というのは王の祖父に当るトロースが、息子ガニュメーデース(水瓶座)の代償として、ゼウス大神から賜った牝馬の子孫です。ゼウスはさきに、イーダの山で羊を牧うこの少年を見て愛着を覚えて天へ攫っていったのです。それからヘーラクレースは、幾つかの寄港地で事件を巻き起こしますが、ミュケーナイへ無事戻って帯をエウリュステウスに渡しました。
第十番目の仕事は、ゲーリュオネースの牛をとって来る事であった。ゲーリュオネースはエリュティアという島に住まっていた、世界の西の涯の、極洋オーケアノスに近く、後にガデイラと呼ばれた地であるという。ゲーリュオネースは胴体は一つながら、腿から下と肩から上は三人前に分れていた、つまり手足が六本ずつ、首が三つである。そして赤い牛を飼い、牛飼にエウリュティオーン、牧犬にはオルトロスをもっていた。この犬はユキドナとテューポーンの子で、ネメアの獅子の親か兄弟に当るものである。
そこで彼は西に向って出発し、方々で野獣を殺して世人の禍いを除き、ヨーロッパとリビュア(アフリカ北部)を歩き廻り、ついにタルテーッソスに来たとき、来遊の記念として巨大な柱を、ヨーロッパとアフリカの両方の山の上に、向い合いに建立しました。これが今のジブラルタルの岩です。その頃、大変暑かったので、気短かな彼は怒りを発し、太陽に向って矢を放った。ところが寛容なヘーリオスは、かえって彼の剛毅さが気に入って、太陽神がいつも海を渡るのに使う大きな黄金盃を貸してやったのです。
ヘーラクレースはこれに乗って、オーケアノスを渡っていきました。そしてエリュティアに着き、山の中で泊っていると、猛犬オルトロスが彼をかぎつけて押しかけて来ました。そこで彼はこの犬を梶棒でうちのめし、応援につづいて来たエウリュティオーンも殺してしまった。ヘーラクレースは牛を分捕り海岸を逃げていったのですが、この一件を聞きつけたゲーリュオネースが後から追っかけて来て戦闘になりました。しかし勿論ヘーラクレースの敵ではなく、三本の矢で三つの首を討たれ、あえない最期を遂げてしまいました。ヘーラクレースは牛を盃に乗せこみ、また大洋を航行してタルテーッソスに戻り、盃を太陽神に礼と共に返却しました。
彼はその後牛を連れて地中海の北岸を経て、いくつかの冒険をしてから、エウリュステウスの許へ牛をつれていきました。王はこれをヘーラーへの犠牲にささげました。
これらの仕事で八ヵ年と一ヵ月を費やしたのですが、これで 約束の十の難業が終わったはずのところ、王はこれに難癖をつけ、水蛇退治とアウゲイアースの厩掃除とは、正直に自分一人で無報酬でやったのでないから無効だとし、さらに二つの仕事をいいつけました。
十一番目はヘスペリデスの黄金の林檎を取ってくることです。ヘスペリデス、すなわち「宵の明星」の娘たちというのは、西の方の世界の涯にある国の泉アレトゥーサにすむ乙女たちで、大地がゼウスに結婚の祝物として贈ったものである黄金の林檎のなる樹を守っていました。その乙女たちはアイグレー(閃光)、エリュティア(紅の娘)、ヘスペリアー(黄昏の娘)、アレトゥーサと呼ばれています。
そこへゆく路でヘーラクレースはアレースの息子のキュクノスと一騎打ちをしましたが、雷が落ちて二人を引き分けました。雷はゼウスの持ち物ですから、ゼウスが介入したのです。それからエーリダノス河口へゆき、ニンフたちに教えられて、海の老人ネーレウスを捉まえ、彼を脅かしてヘスペリデスの国へ往く道を教えさせた。それからリピュアやエジプトやアジアの各国をへて、いろんな冒険をしてついにアトラースの国へ来ました。ネーレウスの教えたように、彼はアトラースに代って天を背負い、彼を代りにやって三つの林檎をヘスペリデスの苑から持って来させました。彼はそれを持ち帰ってエウリュステウスに渡しましたが、王は女神アテーナ−に捧げて、アテーナ−は元に戻したといわれています。
最後の仕事は最も困難な任務、すなわち冥府からその番犬ケルベロスをつれて来ることでした。ケルベロスもやはりエキドナとテューポーンの子で、三つの犬の頭に蛇の尾をもち、背からは多くの蛇が首をもち上げていたともいいます。ともかくとんでもない怪物です。エウリュステウスは、ヘーラクレースがもう生還しないようにと、この難業を命じたのでした。ヘーラクレースもほとんど絶望するところでしたが、アテーナ一女神とヘルメース神が激励してはげまされ、エレウシースの密儀の助けをかり、冥府への入り口として一般に知られたラコーニアのタイナロンへ来て、そこにある洞穴から冥府へ赴きました。
冥府では多数の亡霊にあい、英雄メレアグロスの霊には、その妹デーイアネイラと結婚する約束をしました。彼は冥王プルートーンの館へゆき、そこで冥界へ遠征して捕虜となっていた英雄テーセウスとベイリトオスとを見つけました。そこで彼はテーセウスの手を取って蘇らせましたが、ベイリトオスの手を取って引上げようとしたとき、地震が起こり手を離してしまいました。それでベイリトオスは冥界へ留まることになってしまいました。
冥王プルートーンに犬を要求すると、素手で降参させたら、という条件を出されました。そこで彼は獅子の皮を着込んで犬を探しました。犬はアケローンの口にいて、先ず、その首を抱き込んで、尾の蛇に噛みつかれながらも、締めつけるのを止めませんでした。犬はとうとう閉口しておとなしくなり、彼に従って冥界を出、アルゴスへいきました。エウリュステウス王がこわごわと身震いしながら、青銅のかめのふちから、口から火を吐く猛犬を覗き見したのです。彼は早速犬をつれ去るよう命じたので、ヘーラクレースも、長居は無用と、犬をまた冥界へつれ帰って、ルートーンに返却しました。
その他の事跡
この他にもヘーラクレースの冒険や征服は数知れず伝えられています。
ヘスペリデスへ向かう途中でリピュアを通って、そこでポセイドーンの子とも大地の子ともいわれるアンダイオスと格闘しました。このアンダイオスは旅行者をとらえて自分とレスリングをさせ、これを負かしては殺していたのです。ヘーラクレースは彼と組み合うや両手で高々とさし上げ、彼を投げ殺しました。この男が母である大地に体をふれると、力を増すことを知っていたからです。大地に足の着いていない者をアンタイオスに例えるのは、これから来ています。
エジプトでは、ポセイドーンとエジプトの王エバボスの娘との間にできたプーシーリスに出会いました。この頃エジプトは九年間の凶作に悩んでいて、キュブロスの予言者プラシオスが来て、ゼウスに毎年異邦人を人身御供に献げるならば、凶作を免れえよう、と占っていました。それに従って王はまずそのプラシオスを献げ、それからつづいて外来の異人を生贄としていました。ヘーラクレースもうかうかするうち捕えられて社前へつれて来られたが、事情を感づくと縛めを断ち切り、大暴れに暴れたすえ、プーシーリス王とその息子を殺して逃げのびました。
つづいてアシアへゆき、テルミュドライの港へ寄ったときに、牛車に出あうと、非常に空腹だったので、二匹のうち一匹を殺して神にささげ、その肉を食ってしまいました。牛追いの男は弱ったのですが、ヘーラクレースにはとうてい敵わないので、近くの山に上りヘーラクレースの所行を呪いました。それ以後、ここでヘーラクレースに犠牲をささげるときは、呪いと共にすることになった、ということです。
プロメーテウスが山に磔にされているところへも行きました。磔を外すことは出来ませんが、彼の肝臓を毎日啄んでいる巨鷲を、矢で射落す事は出来ます。この鴛もユキドナとテューポーンから生れたことになっている怪鷲です。このとき彼はプロメーテウスから自分の将来を予言してもらい、ヘスペリデスの林檎を得るには、巨人アトラースを頼むこと、それには代って大空を背負ってやるわけだが、もしアトラースがまた引受けるのを嫌がるときには、彼をすかして、ちょっと円台を頭にのせる間だけ、といって背負わせ、彼が林檎を置いて大空を肩に担いだとき、そのまま林檎を持ち逃げしろ、と教わりました。その通りにして彼は成功したのです。
彼は方々を巡歴していた際、テッサリアでケルコーペスにあった。これは背の低い猿のような種族の1人または2人で、物を盗んだり、わるさをしたりするのを習いとしていました。それで以前に母親が、「お尻の黒い人に会ったら気をおつけ、ひどい目にあうから」と注意したことがありました。
ヘーラクレースが旅路の疲れで、寝込んでいたおり、このケルコーペスがやって来て、彼の武器を盗もうとしたのです。ところが、彼は目を醒まして、盗人をみつけ、こらしめのため棒の両端になわでくくりつけて、逆さまに吊し、担いでいきました。逆さまに吊されたケルコーペスは、外技だけでいたヘーラクレースの、お尻や前をつくづくと眺めることができました。そしてたちまち、彼らの母親が遺した戒めを思い出し、大いに笑わざるを得ませんでした。ヘーラクレースが怪しんで笑っているわけを訊ねると、ケルコーペスは、その戒めを述べ、かつ彼のお尻が毛もくじゃらなのを笑らいました。ヘーラクレースも大いに心から笑いを共にし、この無邪気な盗賊たちを放してやりました。しかし彼らは、後にゼウスを騙そうとしたということで、本物の猿にされてしまったようです。一説では石になったともいいます。
その他、ヘーラクレースが格闘の末、うち負かしたという者は、きわめて沢山います。たとえばアテーナイのヘカトンペドン社殿に刻まれている、海の怪物との戦い、あるいは武神アレースの息子といわれる巨人キュウノス、またその兄弟に当るリュカーオーン、これらとはペスペリデスを訪ねる道中で出道って戦った者達です。
またエリュティアからの帰路、コリントスの地境で出あった巨人アルキュオネウスは、自分が投げつけた 大石をヘーラクレースに投げ返され、その激しい勢いに うたれて死んだといいます。またシューレウスは、どういう訳でか、ヘーラクレースの主人となったのですが、乱暴なヘーラクレースは主人の葡萄畑をすっかり荒してしまったので大いに弱ったそうです。
また西北のドリュオペス族の国を通ったとき、彼は食物に困って、ちょうど畑を鋤いていた牛を捉まえ、料理して食べてしまいました。その牛は、国の王ティオダマースの所有だったので、王は彼の無法を怒り、ヘーラクレースが故郷に帰ったところへ、攻め寄せてきました。彼は妻のデーイアネイラをさえ武装させねばならなかったのですが、結局敵を撃ち破り、王を殺して息子ヒュラースを人質にとって和睦しました。この少年ヒュラースは、のち彼がアルゴー遠征に参加したとき、同行したことになっています。
十二の課業を終えてから、ヘーラクレースはテーパイに戻り、娘のメガラーを甥のイオラーオスに与えてから、さらにメッセーニアのオイカリアーへ赴きました。それはそこの王エウリュトスが、自分と息子たちに弓で勝った者に、王女イオレーを娶わせる、という布令を出していたからです。ヘーラクレースは、勿論弓ではギリシア中に及ぶもののない手だれなので、容易に彼らを破りました。
ところが、エウリュトスも息子たちも、約束をすぐ実行しようとしませんでした。というのは、彼は前に狂乱して妻子を殺しているので、前途を危ぶんだのです。ただ長子のイーピトスだけは、約束を守るように進言したが、あいにくとそのイーピトスを、彼はまた乱心して殺してしまいました。というのは、その頃、彼らの牛を、アウトリュコス、ヘーラクレースの角力の師匠が盗んでいったとき、みなヘーラクレースの仕業だというのを、イーピトスだけは彼を弁護し、更にティーリュンスに居た彼を訪ねて来て、一緒に牛を探してくれと誘いました。ヘーラグレースも喜んで承知し、さあ出かけようというので彼を馳走しもてなしていたところ、また狂乱して、彼をティーリュンスの城壁から、投げ落してしまったのです。
ヘーラクレースがまた正気に戻ったとき、大いに悔やみました。自分を信じ、味方になってくれた者を、しかも客である者を、歓待の掟に反いて、殺害してしまったですから。ましてやエウリュトス一家の反感は、いよいよ募るはかりです。彼はともかく血の穢れをきよめて貰おうと、ピュロスの王であったネーレウスを訪ねました。しかし王はエウリュトスと親しかったので、承知しませんでした。
そこで彼は、ラコーニアのアミュクライに来て、そこの王デーイポボスから、きよめの儀式をおこなってもらいました。しかし親友を殺した咎めとして業病にとりつかれてしまい、デルポイに行って神託を得ようとしました。ところが巫女は神託をさえ拒んだので、彼は例によって気短かに腹を立て、神殿の神器、三脚のかなえを奪っていこうとしたのです。アポローンもこれには立腹して自ら現われ、ヘーラクレースと争いになりましたが、両者の父ゼウスは二人とも大切なので、二人の間に雷を落して引分けさせたといいます。
その時アポローンは、ヘーラクレースに、殺人の償いとして、丸1年もしくは3年の間、奴隷に身を落とすことと、エウリュトスには代償を支払うこと、そうすれは病が癒えよう、と教えました。そこでヘーラクレースをヘルメースがつれていって、小アジアのリューディアの女王オンバレーに奴隷として売りました。彼女はイアルダネースの娘で、トゥモーロスの寡婦でしたが、夫の死後国を統治していました。ケルコーペスの話は、この間の出来事で、エペソスの近郊に住む者となっています。一説ではまたこの間に、例のアルゴーの遠征と、カリュドーンの猪狩がおこなわれた、と伝えられています。
奉公の間に女王オンパレーの寵遇にあずかり、一子アゲラーオスが生まれています。定められた期間が過ぎ、約束の如く病から癒えて、トロイアに向け出発しました。そして都イーリオンを包囲して、ラーオメドーン王の軍と戦い、ついに城を落としました。ところがその折の一番乗りは自分でなく、友人のテラモーンで自身は二番目に城壁を破って入りました。そこで彼は約束されたラーオメドーン王の娘ヘーシオネーを、褒美としてテラモーンに与えることにしました。このヘーシオネーからテラモーンに生れた子が、後にトロイア戦役に、アイアースとつれ立って出陣した名射手テウクロスです。
その後しばらくして、彼は怨みを返しにエーリス王アウゲイアースを攻めにいきました。その噂を伝え聞いた王は、予めエウリュトスとクテアトスという二人をエーリス軍の大将にしました。この二人は、アウゲイアースの兄弟といわれたアクトールとモリーオネーの息子で海神ポセイドーンの息子ともいわれ、二人が一つの体にくっついていたそうです。非常な大力で、ヘーラクレースも大分にてこずったようですが、結局はこの二人を打ち負かして、エーリスを陥落させて、アウゲイアースを他の息子たちもろ共に殺しました。それから先に自分の為に亡命した王子ピューレウスを呼び返して、王位に即かせました。オリュンピアの大祭を創設し、体育競技をはじめたのも、この折だそうです。
それから彼はピュロスまで軍を進め、前に彼を拒絶したネーレウスとその息子たちを皆殺しにしました。その一人は、海の神々のように、自由に姿を変えることのできる術を心得たペリクリュメノスだったのですが、彼はこの男もとうとう倒してしまいました。ただ、その末子のネストールだけは、故郷に居ず、他の場所にに預けられていたので、命拾いをしました。彼は後にトロイヤ戦役に出陣しています。冥府の王プルートーンと戦って、彼を傷つけたのも、この折ともいわれています。彼がピュロス人に加勢したから、といわれています。
ヘーラクレースの死
ヘーラクレースは、多くの国々を攻め落としその国の王女や貴人の娘と交渉を持って、ヘーラクレースの子孫を増やしたのですが、その最後は哀れなものでした。
メガラーを失ったのち彼はカリュドーンの王オイネウスの娘デーイアネイラ、英雄メレアグロスの妹を妻としました。彼女を娶る為に、彼は競争者の河神アケロオスと戦いました。水に関する神々の一人として、アケロオスも自由に形を変える力を持っていた。しかしヘーラクレースはこれとレスリングをして、怪力で彼を抑え込んでしまい何になっても放さず、その角までへし折ってしまいました。その結果、彼はデーイアネイラを手に入れたのです。そして帰国する為に、エウエーノス河のところへ来ました。
この河はちょうど冬のあらしで水高を増して溢れていました。そこで二人が当惑していると、半人半馬のケンタウロスのネッリスが来て、渡してやろうと申し出ました。お人よしのヘーラクレースは、その親切に感謝してデーイアネイラを託し、自分は一人で河を渡りにかかったのです。
すばやく対岸に渡ったネッソスは、ヘーラクレースが瀬を知らずにぐずぐずしているのを見て、デーイアネイラを物蔭へつれ込み、思いを遂げようとしたのです。悲鳴を聞いてヘーラクレースは事態を覚り、弓に毒に浸した矢をつがえて、ネッソスを射当てました。
ヘーラクレースが駆けつける前にネッソスは毒で死んでしまうのですが、死に際にデーイアネイラに自分の血を布に浸し、そっとこれを取っておくよう囁きました。後日、ヘーラクレースが他の女に心を寄せたとき、この血で浸した布を彼の身に着けさせれば、必ずその心変りを止めえよう、と言い残したのです。人を信じやすいデーイアネイラは、ともかくも勧められるままに、ネッソスのいうとおりにして、その血をつけた布を持物の中に包みいれました。こうしてヘーラクレースの死が用意されたのです。
ヘーラクレースはオイカリアーを攻略してエウリュトス王とその息子たちを殺し、味方の戦死者、リキュムニオスの子アルゲイオスや、テゲアーの王テウトラースとその息子ら、トラーキスから同行したケーユクス王の息子ヒッパソスなどを手厚く送葬してから、王女イオレーを捕虜として、船に乗せて海路を東へエウボイア島を廻り、そのケーナイオン岬に上陸し戦勝を祝いかつ神に感謝するため、そこのゼウスの社に祭壇をきずいて祭儀を行うことにしました。
そして使いをトラーキスに送り、礼服を持って来させました。その使いを問いただして、デーイアネイラは一部始終を初めて悟りました。優しい心の彼女は、夫の不信を憤ることはできませんでした。夫がなお自分を愛していてくれることも信じていました。しかし4人の子を持ち、次第に年を取ってゆく自分は、とうてい若いイオレーに対抗しえないのもわかっていました。その時に彼女が思い出したのは、以前にネッソスが大切にしまっておけといっていた囁きと、あの傷口の血に浸した布でした。もし彼女に罪があるのであれば、それは人を疑わないことの罪であったかもしれません。彼女はその布を、そっと礼服の間にぬい込んで渡しました。
ヘーラクレースは、そうとは知らず、有頂天のまま、美しいその礼服を着て犠牲の式に臨みました。ネッソスの血に混っていた激しい水蛇の毒は、人体の温かみに触れて、少しずつ肌を侵していったのです。やがて衣は肉に吸い着いて離れなくなりました。そして毒は体中に廻り全身に激痛が走ります。ヘーラクレースは使者を質して、その訳を知ると何ともわからない激情から、あわれな使者リカースの両足を掴んで、岬から投げ落しました。着物を力ずくで剥がそうとすると、肉が一緒に着いて剥がれます。しかも毒はすでに五体を侵しているので脱いでも激痛は変わりません。
このようなみじめな姿で、ヘーラクレースは程遠からぬトラーキスへ運ばれました。デーイアネイラは事の次第を知ると、悔恨のあまりに自ら首をくくってしまいました。このように多くの不幸をひき起した彼の少女イオレーに対する執着は、こうなってもまだ忘られず、彼はデーイアネイラの長子に当るヒュロスに、成人したのちイオレーを娶ることを約束させたのです。
それからオイテーの山上に身を運ばせ、そこに薪を積み上げさせて、これに登ぼりました。そして伴のの者らに点火を命じたのですが、彼を憚って敢てする者がありませんでした。そこへちょうどテッサリアのメトーネーの領主ポイアースが、離れた羊をたずねて山中を通りかかり、火つけの役を買って出ました。ヘーラクレースの苦しみを見るに忍びなかったのです。その礼としてヘーラクレースは彼に、いつも持っていたアポローンから獲た弓を与えました。
こうして彼の、人間に属する肉の身は、火に焼きつくされました。そしてゼウスから受けた神的なものだけとなり、天に登って神となったのです。薪の山が燃えているとき、黒雲が空から舞い下がって、激しい雷の轟音とともに彼を天上に伴い去った、といわれています。こうしてヘーラクレースは長い試練の一生を終り、天界に住みました。青春の女神ヘーベーを妻とし、その母であるヘーラーともはじめて和解して神として祭られるようになったのです。
ヘーラクレースの子孫たち
ヘーラクレースが死んで、残された子供達はたちまち困った事になりました。息子たちは、トラーキスに集まっていました。そこでヘーラクレースをいつも目の仇にしていたミュケーナイの王エウリュステウスは、彼の子をも憎みかつ怖れて、小さいうちに片付けようと考え、トラーキス領主ケーユクスに引渡しを迫りました。渡さなければ戦をしかける、といって脅したのです。脅しだけでなく大軍を組織して攻め寄せてきたのです。それで子供たちもトラーキスに居られなくなり、方々をさ迷ってからアッティケーにやって来て、マラトーンのゼウスの社に入り、その祭壇に登ってアッティケーの土地の人々に救いをもとめました。
一行は三人の男の子の他に長女のマカリアーと、ヘーラクレースの母アルクメーネー、彼らの忠実な守護者イオラーオスたちです。ヘーラクレースの親友でアテーナイの王であったテーセウスはもう死んで居ませんでした。いまアッティケーを治めているのは、その子のデーモポーンです。彼は味方の人々と共に子供たちを護ろうとしたのですが、敵はエウリュステウス王に引率されたアルゴスの大軍で、もう間近に攻め寄せて進んで来ていました。その時、神託によって、マカリアーは、自ら身を神前にささげ、犠牲となって味方の軍勢に勝利を与えようともとめました。
長子のヒュロスは一騎打ちでエウリュステウスと闘おうと言ったのですが、臆病な王は出て来ませんでした。それでとうとうマカリアーは、潔らかな血を祭壇に捧げました。そのときゼウスの擁護は、アテーナイ軍の上に下ったのです。その上にも一つの奇蹟が起こりました。年老いたイオラーオスが戦車に乗り移ると、たちまちあたりは暗くなり、二つの火の玉がその梶棒に天から降りて来たのです。ヘーラクレースとヘーベーだともいわれています。そして靄のはれた時、イオラーオスは若々しい姿に変っていました。彼は戦車を勢いよく駆ってアルゴス勢を蹴散らし、とうとうエウリュステウス王を捕虜にしてつれて来ました。
エウリュステウスの死後、アルゴスの統治権はその親族であるペロプスの一家に移りました。アガメムノーンは、その最も有力な君主の1人です。その威権はミュケーナイを中心とし、ひろく半島の大半にも行き渡ったようです。ヘーラクレースの後裔はその後ペロポンネーソスへ帰ることを願い、たびたびその企てを実行に遷したのですが、三代目にしてやっと実現しました。
ヘーラクレースの子ヒュロスは一度半島に戻ったところ、悪疫が流行したため神託により退去し、マラトーンに居住しました。そしてデルポイの神託を伺ったところ、「三度目の果実 (収穫)を待て」とありました。それで三年後に侵入し、当時アルゴスの王であったオレステースの子ティーサメノスと戦ったのですが、敗れました。つまり三度目というのは、三代目の意味だったのです。それでヒュロスの孫とも曾孫ともいうテーメノス、クレースポンテース、アリストデーモスの三兄弟の世代になって、はじめてペロポンネーソスの奪還に成功しました。アリストデーモスの二子はスパルテーを獲て、その両王家の祖になりました。テーメノスはアルゴスを、クレースポンテースはメッセーネーを得ました。これがいわゆるヘーラクレースの裔、ヘーラクレイダイの帰還です。
ティーサメノスは殺されたのですが、その子孫は小アジアの西北岸、アイオリスへ移住したといわれています。その地方には、オレステースの裔と称する王家や貴族がありました。レズボス島にいたペンティリダイはその代表的なものです。