マウナチャリ山ケロ丸天文台の歴史 2020年


赤道儀の赤緯クランプ破損 2020年10月
赤道儀の復旧       2020年11月


赤道儀の赤緯クランプ破損 2020年10月

 2020年10月18日、日曜日の日没後、大接近の後遠ざかりつつある火星を撮影するためにドームへと上がりました。この日も特段、拡大撮影をするつもりでは無く、星野撮影的に登ってきた火星を撮影するつもりで始めました。撮影そのものは、特に難しいものでも無く、露出時間を稼ぐために望遠鏡にカメラを載せ恒星時で動か1、2分程度のものです。昨今のデジタルカメラは高精細な画像を作りますので、フィルムを使う昔のような積もりで固定撮影で露出すると、数秒で日周運動による移動が線となって写り込みます。勿論、日周運動を示すために固定撮影するというのも手ではあるのですが、それが小さいものであればブレと区別が付きません。と言うことで、赤道儀U−150に載せて撮影するのです。
 この日、撮影を終了し、片付けている最中のことです。搭載されている主鏡を定位置へと回転させ、赤経赤緯の固定クランプを軽く締めてカバーをかけ、カメラを主屋に持ち帰るというのが、ドームでの最後の作業です。この軽く締めるというのは、半クランプと呼ばれ、動かそうとすれば動くが、すぐ止まるという状態で、不意の衝撃や地震の際の破損を防ぐ意味合いがあります。
 ところがです。赤緯のクランプをチョイッと締める方へ動かすと、クランプのレバーが手の中に残りました。えっ?
破損クランプ
 固定するのであれば、それなりにギュッとするのですが、いわゆる半クランプ状態を目指しての締めです。ですから、力を入れるような動きでは無く、チョイと回すと言う程度のものです。

破断したネジ部分が残っている

 呆然とした中、手に残ったクランプにはネジ山の付いた部分がありません。ネジは本体のネジ穴の中です。折れているのです。ネジは砲金製です。長さ約15センチ、太さ8ミリの金属棒なんか、素手で折れる方はそうそういらっしゃらないかと思うのですが、折れ口を見ると、割れ目が成長したような様子は無く、一気に折れた感じです。
 クランプネジを回すことが出来ませんから、フリーの状態のままです。バランスは合わせていますから、勝手に動くと言う事は無いのですが、モータードライブの通常の加減速では滑ってしまいます。どうしようというレベルの思考は、血が引いた頭では対応できません。呆然とするのみです。望遠鏡全体の撤収作業は実質的に終わっていて、カメラ等一式を持ち帰るだけです。
 主屋に戻ってからも脳内は血圧低下の影響か、動いていません。とにかく、接着剤でくっつくようなものでも無く、どうしようもありません。この部品1つでも全体が用無しとなってしまいます。機械とはそのようなものです。
 ボヤァ−と新品の大型中型赤道儀のWebPageを見ていく内に、作っていただいたメーカーのページが少し更新されていて、作成は終了しましたがサポートはすると言うメッセージが入っていて、連絡用の記入欄が出来ていました。メーカーさん、赤道儀導入のところでで書きましたがユーハン工業という会社名です。しかし、赤道儀の製作を会社を挙げてやっているということでは無く、舞鶴工場の工場長であった方が、社長さんから好きなことをやって良いと許可されて趣味で作っていた仕事だったのです。社訓として「私たちの技術でお客様の実現したい『コト』を現実の『モノ』にする」と言う目標を掲げ、それを実現する能力と技術、気持ちを持ち、会社を引っ張り、また趣味の天文分野でも、彼以外作ることが出来ないような超高精度な部品のかたまりだった赤道儀を作成していて、一定のファンが今も存在しています。
 その彼に40cm反射を載せたいというと、移動用の三脚ではなく、ピラーに載せて固定ブランケットを使えば、30kgでも40kgでも載せられる、と軽く断言しました。そして、それは軽口ではなく本当のことだったのです。彼は、たゆまず挑戦を続け、ドームいらずの新しい赤道儀を開発中に突然の病で帰らぬ人になってしまいました。その後、ユーハン工業では、赤道儀の受注を中止します。だって、彼が一人で作っていたようなものなのですから。
 一応、部品のレベルで、超高精度の合わせ技が関わるような基幹部品でないネジなので、もしかするとこれだけ作っていただけるかも知れないという希望が湧いてきました。

 そこでユーハン工業のページのサポート専用書き込み欄を見つめました。思うに、赤道儀が欲しいと言う無理な注文が出ていたのだろうと思います。ですから、受注はしない、サポートは出来る範囲でするということです。機械ですから、使っていく内に不具合はあるものですから、その為のありがたい心使いです。
 地震で赤経体や赤緯体そのものが破損したり、主軸が逝っちゃったとか、ウォームギアが破損等というような状況であれば、作り直すようなものですから、修理は無理だろうと思います。そのときは、新たな中型赤道儀を探さないといけないのでしょう。この赤道儀は、商品名があるにしても、ほとんどワンオフ物で、ネジ一本だってノウハウが詰まっている代物です。色々な場面での故障の場合、完全復元は難しいこともあるでしょう。でもこの特殊形態のねじを作っていただければ、赤道儀は間違いなく復活するっ。
 そのサポートするという一言を頼って、書き込み欄を埋めました。返事を当日中に戴きました。昔、この赤道儀が欲しくて電話を掛けたときにお話しした記憶のある社長さんからでした。
 そして、ネジの作成と共に、赤緯体に残ったネジ部の除去を引き受けていただくことになり、梱包して旅に出すことになりました。

 赤緯体を分離するには、赤道儀に搭載された望遠鏡を降ろさないといけません。
 現状の搭載鏡筒は3本、RC(リッチークレティアン・カーボントラス)30cm反射24kg、ED屈折13cm9kg、ED屈折8cm3kgです。赤道儀側に大型アリミゾを置き、共通アリガタ4kgに鏡筒3本、合計約40kgを載せています。重量からだけなら、持てないことは無いのですが、落としたりぶつけたりするのは絶対のレベルで避けたいものです。従って、なるべく小さく分解するのがセオリーです。左右の屈折鏡を外すと、RCのみとなります。(以下写真)


 この状態で大型アリミゾには30kg弱が載っています。一人で降ろすとなると片腕で支え、片腕で作業をすることになりますから、単純に持つことができるかどうかでは無く、制御出来るかと言う点では論外です。
 その昔、40cmニュートン反射を載せていたことがあります。そのときの着脱には、初めの頃、ドームの上部に滑車を用意して、吊り下げながらおこないました。片手で持てる大きさ・重さではなかったのです。その後、台を置いて、アリガタとアリミゾを合わせてはめ込むような形にしました。
 ニュートン反射30pにしてからも、台座を置いて、その上へ搭載鏡を置き、アリミゾとアリガタを着脱する形にしました。こうすれば、不安定な状態を作らず、安全に換装できます。
 RC30cmはニュートン反射より重くなっていますが、着脱の方法は同じです。むしろ、掴むところがありますから、RC鏡の方が良いくらいです。台座に使っているのは、40cmニュートン反射の鏡筒に使っていた紙管を切ったものだったりします。

基本アリガタを外した状態

 ここまで来れば、あと一息です。アリミゾを外し、その下のプレートを外せば、上側の分解は終了です。
 赤経体(極軸体)との分離はM6袋ネジ6本を外すだけです。ドームの中は、取り外した望遠鏡や部品で溢れています。一応、移動する足場を確保して、そのままにします。

赤緯体
 赤緯体に付いたウエイトシャフトも取り外し、分離した赤緯体は梱包し箱詰めです。荷物を受け取りに来た日本郵政職員に聞くと、空路は遅れ気味で荷物の扱いもトラック便より悪いかも知れないとのことだったので、陸送で渡しました。梱包はユーハン工業から嫁入りの時のものを補修して使いました。頑張って戻って来い。

赤緯体の帰りを待つドームの中の混乱


赤道儀の復旧       2020年11月

赤緯体戻る
 11月06日(金)午前中という出し元郵便局の情報から待っていたところ、赤緯体と赤経クランプが到着したのは午後遅くでした。何でもこの地域の配達は午後しか無いとか。日本郵政、郵便は午前と午後に来るのに・・・。
 晩御飯の後、明日にするよりやるかっと思い立ち、届いた赤緯体をドームへと持ち込み再組み上げをしました。組み上がったのは午後9時半となっていました。最も時間がかかったのは、新しいクランプの固定位置を決める作業です。組み上げ自体は、それほど難しくありません。各パーツを載せてゆき、搭載した後はバランスを合わせますので、勝手な動きはしません。そして、ワッシャー無しで締めてみます。ここで、だいたいの回転位置が判ります。
 次は、締め付けたクランプに付いた横棒、バー位置の調整です。取っ手となるバーの位置は全回転の6分の1程度、360度の内、60度程度の範囲で動くようにします。この為、バーの位置が適切なところに来るように、厚さの違うワッシャーを噛まして、固定位置を調整します。製作者から提供されているのは6枚の厚さの異なるワッシャーで、ネジのピッチ1.25mmを一回転分として各種厚みが用意されています、それなりにトライアンドエラーでもいける作業です。

赤道儀赤緯体部分、金色のクランプが補修部品

赤道儀全景

ピラー上の全体

 これで、19日(自分は、ほとんどが”待ち”ですが)に渡る戦いの結果、再び、当初の性能を取り戻すことに成功しました。ご協力戴いた(株)ユーハン工業と代表取締役友繁正司様に最大の感謝と賛辞を。

 補遺
 クランプ破損の原因ですが、正確なことは判りません。破断面は、それなりに滑らかで、良くある貝殻状に破断が進行した様子はありません。一気に破断した感じです。折れたときはクランプを強く締め付けるのではなく、締めた状態から緩め、改めて半クランプの状態にしようとしたときに、正にポロッと抜け落ちたのです。
 私見ながら一般的な言い方で、金属疲労というものがありますが、長年にわたる使用と、それなりに無理な力の掛かる部分、そして、震度5強に分類される地震等が相まって、無理が掛かっていて、破断の準備が進んでいたのでしょう。最後の最後に、弱い力でのひねりで、遂に破断したものと想像しています。機械部品の運命で、致し方ありません。運ですね。