John Wayne Gacy(20070103)
ジョン・ウェイン・ゲイシー
シカゴ連続少年殺人事件
ジョン・ゲイシーは、シカゴ郊外のデス・プレーンズで1972年から1978年にかけて十代の少年33人をホモセクシュアルとサディズムの為に殺害していた。
出生
1942年3月17日午前0時半頃、シカゴのエッジウォーター病院で、当時41歳のポーランド系移民3世ジョン・スタンリー・ゲイシー・シニアと33歳のマリー・エレーン・ロビンソンの間に生まれる。上に姉、下に妹があるが、太りすぎで病弱だった為に父親から愛情を受けることなく罵倒と虐待の対象となった。この為か心臓疾患を抱え、11歳の頃には一時的な意識喪失を起こすようになり、14歳では拘束衣を着せられるほどのてんかんの発作を起こす。
大学を出て独り立ちできるようになると、熱心に働き22歳で紳士用品店の店長となる。そこで同僚だったマリリン・マイヤーズと結婚する。マリリンの親がアイオワ州ウオータールー一帯のケンタッキー・フライド・チキンを買収し、ゲイシーはマネージャーとなった。将来を嘱望され町の名士として着実な人生を始めたように見えたが、店に働く若い男(6室火星)への欲望を抑えきれず1968年に事が露見する。荒っぽい方法で事態の収束を計ったがそれも露見し1968年末に収監される。
判決は禁固10年であったが模範囚として18ヶ月後の1970年6月18日に仮釈放となる。釈放後、直ちにシカゴの母親の元に向かう。働き手市場の即席料理専門のコックとして職を得てから転職を続けた。仮釈放中の1971年2月にグレイハウンド・ターミナルで少年を誘い襲ったが、相手が警察に駆け込み発覚しかけたが、事件は仮釈放局に知らされることもなく1971年10月に仮釈放期間は終了した。ゲイシーはこの付近のゲイ・エリアで相手を得ていたらしい。
1971年6月にウエスト・サマーデールに転居し建設会社を経営した。最初の被害者は1972年1月3日のことであった。
大きな特徴が2つあります。ASCが射手座宮でその支配星木星はDSCにあり強力な意味付けを行っています。オポジションの関係ですから主として緊張関係です。これに対して2室の金星がタイトなアスペクトを持ち、金星と木星のイージィな関係に一石を投じています。もう一点は、新月直後の太陽と月の合が魚座宮で、これに対して魚座宮支配星の海王星がオポジション、こちらも緊張関係を作っています。更に天王星と冥王星がこのオポジションに対して調停の座相を作っています。ホロスコープの中に重大な緊張関係が2種あるのです。人生の主要な事項は二者対立、相反するもの、ジキルとハイドの関係で動いてゆきます。善と悪が混在して事件を作って行くのです。しかし、原因が善と悪であったとしても、悪の事件と善の事件で相殺されることはありません。全て悪の所行になってしまうのです。
2つの緊迫した関係から離れているかに見える水星と火星も無事ではありません。火星は双子座宮にあり、双子座宮の支配星である水星とスクエア、困難なアスペクトです。単純に見ても口論と争いですが、その原因は自分の欲望の方向へ他者を動かす能力が基本的に欠けているためです。
救いを見いだすことが難しいホロスコープといえましょう。
ゲイシーの最初の成功である店長に抜擢される太陽回帰図です。経過木星が強運を持って導きます。しかし、ダイレクション進行火星が先の暗雲、挫折を用意しています。
転居し建築会社を始めたゲイシーは最初の殺人を行った半年後、再婚して表の顔を整えていきます。ホモセクシャルの相手に不自由しない環境を作っていったゲイシーは、支配欲を満たすために自分より弱い相手を痛めつけることで満足を得るようになり、遂に相手が絶命するようになります。
欲望を満足させるために殺すまでになったゲイシーは、捕食する肉食獣のように相手を探したが、相手を見つけるのは段々と困難になってきていた。長く楽しむのではなく殺してしまうのである。そして遂に彼の罠にはまったのは、それまでの相手と違う特徴を持っていた。ロバート・ビーストは行方が判らなくなっも騒ぎにならないような少年ではなく、当日に誕生日を迎える母親とそれを祝う家族達のパーティが待っていたのである。そして賢い彼女も居て、それまでと違う展開となった。
それまでの殺人の時の経過火星は、判明しているものでは蟹座宮から獅子座宮にかけての、彼にとっては第7〜8室にあるときの犯行が半分以上を占めているのだが、最後の殺人となったのは射手座宮の最後、1室にあり、彼の一番厳しい緊張関係のIC−MC軸に対するTスクエア位置となっている。ダイレクション進行土星とオポジションでもある。
次の日、家族からの捜索願いが出され、ビーストを探す捜査はビーストと共に目撃されていたゲイシーをたちまち容疑者とした。自宅は13日に捜索を受け、生きたビーストは発見されなかったが、この時、警察は確かな手がかりをつかんだ。後で判ったことであるが、この時ビーストの遺体は車庫の二階に隠されていて、直後に呼び出しを受けていたゲイシーはビーストの遺体を川に投げ捨ててから出頭したと言うことである。さて、自宅からはビーストの彼女が彼のジャケットを借りていたときに受け取ったレシートが見つかったのである。捜査陣は最悪の結果を予想し、ゲイシーがぼろを出すことを待ったのである。その間、捜査員がゲイシーにより自宅に招き入れられたことがあり、死体の放つ臭いが報告され、死体が自宅地下にあることが確定した。21日、マリファナの所持の容疑で逮捕状が出され、再度の家宅捜索が行われた。そこで困難な排水と発掘作業の結果、29遺体が発見され、更に投げ捨てたとされる川からビーストを含む4遺体が見つけられた。希代の殺人鬼の発覚である。ビーストの遺体が発見されたのはドレスデンダムで4月の雪解けになってからである。
裁判では弁護側が精神異常を主張、検察側がこれを否定することが審理の中心となった。1980年3月12日、陪審団は2時間の協議の後、検察の主張を支持した。死刑宣告は翌日に行われた。1994年5月10日0時1分、麻酔剤、呼吸停止剤、心拍停止剤の3種混合薬が注射で投与された。通常は意識を失い絶命するが、意識を失わずに18分かかって絶命したとのことである。新月に生まれ新月に死んだ殺人犯である。
注 テキスト中の日時は現地のものである。ホロスコープは中央標準時(JST)である。