E3 望遠鏡の光学の基礎 収差

 望遠鏡の働きは簡単に言えば、対物鏡によって対象の実像を作り、接眼鏡によってこれを拡大することです。 しかし、種々の原因から、理想的な像と実際の像には違いが出てきます。これを収差と呼びます。原因は多岐にわたりますが、製品の品質や製造上の問題だけではなく、光や光学部品の性質としての問題点が関係しています。
 1858年にマックスウェルは収差の研究のため、理想の像を次の3つの条件で定義しました。
  1 対象物の1点から出た光は光学系を通過した後に像点に集まる。
  2 対象物を含んだ光軸に垂直な物平面は、像点を含んだ光軸に直角な像平面に対応する。
  3 物平面上の図形は像平面上でこれと相似な図形となる。

@ 色収差

 対物鏡に単レンズを使用した場合に、色分散と呼ばれる、光が屈折する際に七色に別れてしまう現象によって、各色の焦点位置が異なり、像が不明瞭になったり着色することになります。これを避けるにはF数を大きくすることが必要で、口径に対して長大な望遠鏡が作られた時代があります。反射鏡ではこの色分散が起こらないのですが、接眼レンズはレンズですので、避けようがない収差でした。
 色分散の違うガラス材を組み合わせることによって、色収差を補正する方法が考えられました。色消しと呼ばれるこの方法は、7色の内、2色について合わせるという方法から、2つの異なったガラス材を使う凸レンズと凹レンズを組み合わせるもので、アクロマートと呼ばれました。この方法は全ての色について合わせたのではないので、色収差が残っています。そこで、3色について合わせるために3枚のレンズを組み合わせます。これをアポクロマートと呼びます。また、ガラス材に色分散の特に少ないものを採用すると色収差をそれだけで低減することができます。EDという名前が入っているのが色分散の特に少ないガラス材を使っていることを示します。また、4色について合わせたものをスーパー・アポクロマート、5色ではハイパー・アポクロマートと呼ぶ人もいます。ただし、これらの名称が直接性能を示すとは限りません。EDや蛍石を使った2枚玉がアポクロマート以上の色消しになっている場合もあるからです。それは3色を補正する為に3枚のレンズが必ず必要となるというわけではなく、光が通過する面は、1枚のレンズで2つあるので、2枚あれば4面の屈折面があり、この事と、硝材の分光的性質を合わせて設計に注力すれば、高度な補正値を得ることが出来るかも知れないということなのです。その上、収差は色収差だけではありません。その他の収差と合わせて性能を判断することが必要です。従って、結局はメーカーからの収差曲線を見るしかないというのが現状です。

 色分散により対物レンズの焦点距離が各色で変わることになります。この差が軸上色収差と呼ばれます。同じように接眼側でもレンズの焦点距離に色収差が関係します。この為、色によって倍率が変わることになります。接眼鏡側にも色消しについての考慮が必要となります。
 

A 3次収差

  望遠鏡の視野は通常はそれほど広くなくて光学系の軸線上の近くで像を作ります。しかし、軸線を外れると、色収差以外の収差も目立ってきます。代表的なものにザイデルの5収差があり、レンズが球面または球面から外れることから起こり、3次収差とも呼ばれています。

A 球面収差

 球面のレンズでは光軸に平行な光線が入射した場合、光軸から離れた入射光が焦点位置よりも前で結像します。レンズを明るくしようとしてレンズ径を大きくすると目立ってくることになります。根本的な対策としては、レンズ面を非球面として光路長一定の条件を満たす設計が必要になりますが、非球面の作成が難しい時代では、球面を幾つか組み合わせて収差を少なくする事が一般的でした。
 反射鏡の場合は、反射面を放物面にすることで球面収差はなくなります。


B コマ収差
 光軸に対して傾いた方向からの入射光線に対して、一点に光が集中せずに特定の方向へ散って像が甘くなる収差が起こります。長い髪の毛が一方に流れているような形になることから名付けられました。レンズでは非球面を使って正弦条件を満たすとコマ収差はなくなります。しかし、反射鏡では放物面を使って球面収差を抑えても、短焦点の放物面鏡では視野周辺に行くに従い急速にコマ収差が増えてきます。適切な視野修正レンズを用意することで、補正することが可能です。

C 非点収差
 球面反射鏡で光軸外からの光線が結像する際に一点に集まることが出来ずに光軸中心方向とその直角方向で焦点位置に差が出てしまいます。この為に幾ら光束を絞っても収差は収まりません。また、レンズでは、レンズ面の研磨不良やガラス材の脈理或いは取り付けの不具合などで焦点に光が集まらずに、反射鏡での非点収差と同様の収差が起こります。こちらは設計上にはない収差です。

D 像面湾曲収差
 結像面が平面にならずに曲面になっている状態です。ピント位置が軸上と周辺で違うことになり、広視界の接眼鏡が使えなくなります。

E 歪曲収差
 対象が直線状なのに像が曲線になってしまう収差です。四角形のものが樽状になったりその逆の糸巻き状になるなど、形が変わってしまうもので、位置の計測をする場合に特に問題となります。

B 収差対策
 これらの収差をどのように解消するかが光学設計者の腕の見せ所であり、実際の製品製造の技術精度も考える必要のある困難な分野でもあります。現在では非球面の製造が昔に比べて量産できるようになったり、特殊な性質を持つガラス材を作ることができるようになっているので、新しい製品は昔に比べて格段に高い性能を持つようになってきています。